「ピアノの先生」だけじゃない
前回ブログを書いてから、少し空いてしまいましたね。昨年の後半あたり?から「忙しくても週1回はブログを書こう」と決めて、それなりに実現してきたのに、それが出来ず今に至ります。
家に帰ったら、頭も心も時が止まったようにただボーっとしちゃって。悶々とした気持ちのまま眠りにつき、朝を迎える。その繰り返し。。。えぇそうです。この2週間は「疲労困ぱい」という言葉通りの日々を過ごしてきたんです![]()
ちなみに、具体的に何をそんなに悶々としているかというと、なかなか小難しい話になるのですが。ものすごく端的に言えば
①患者さんのリハビリをするにあたり、自分の考え方、着眼点が合っているかがわからない。もっと他の部分にも着目するべきなんじゃないかと不安になる。
②そう感じる一方、着眼点がわからないというより、単に自分に自信が無いだけなんじゃないかと疑念が沸く。
③先輩は「わからないことはどんどん聞いてね」と言うけど、自分のやっていることが何となく不安だから「これっていいんですかね?」と聞くのは違う気がする。「自分で考えることが出来なくて、人から言われたことをする人」みたい。だけど、そうやって考え始めると、どこまで質問していいのかわからなくなる。
こんな感じです。この行き詰った感じ、相当苦しいです
気持ちばっかり磨り減って、時は過ぎていくのに何も見えてこない。。。
話は飛ぶようですが、昨日はピアノのレッスンがあって、かめるの様子がおかしいと感じた先生が、この話を聞いてくれました。そしたら先生は「あなたは責任感があるから悩むのよ」と一言。
確かに、責任感がなかったら何も悩みませんよね。かめるはこの言葉でちょっと元気が出てきました。さらに先生は「ろくに先輩がいないなんて、暗闇にポンと放り出されたような状況ね。何していいかわからないじゃない」とも。先生はかめるの心境を、見事なほど的確に表してくれました。この時点で、かめるの目はこぼれそうな程の涙がうかびます![]()
さらに「その状況は苦しいだろうけど、いいじゃない。勉強になるわねぇ!」、「あなたは最近増えているような、向上心も根性もなくボーっとしている人とは違う。人として、すごく素敵な人なのよ。私は高校や大学でずーっと教師をしてきたし、人を見る目には自信があるけど、私にはわかるわ」、「素質はあっても、今は暗闇の中で全てが手探りだから、それを発揮できずにいるのよ」と言われ、、、まぁ泣きますよね。レッスンの前だったけど、「そんなの関係ねぇ!」です。(←古っ:笑)
こういう出来事は、今に始まったことじゃありません。かめるにとってピアノの先生は、単なる「ピアノの先生」じゃないんです。心から信頼できて尊敬できる、人生の大先輩が身近にいる自分は、すごく恵まれていますね。先生のおかげで、明日からもまた頑張れそうです![]()
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